“風の旅人” として多くの伝説を作ってきたデュエルン・レーフェンス。 愛車 “轟カル号” と共に渡ったXX国からお伝えします。ジオポタ海外支部からの便り

2009年10月16日金曜日

Re: いろいろ/再びオデッサの話

> > 戦艦ポチョムキン DVDを借りてきて 見ました。
> > 淀川長治さんの解説が入っていて、生涯3本の指にはいる映画だということです。確かに無声映画の時代でとてもよく出来た内容で歴史的な映画でした。
> > オデッサの階段はウクライナ?いまはどんな風景なんでしょう。

オデッサの階段は2週間前に送った写真の通り今も健在です。
この階段を下りた先、ちょうど戦艦ポチョムキンが停泊していたあたりが客船ターミナルになっていて、イスタンブールなど外国航路の客船が出入りしています。
階段に沿って小さいケーブルカーが走っていて、料金無料しかも自転車も乗せてくれました。
(キエフのケーブルカーは1.7グリブナ(約20円)自転車はさらにもう一人分取られる。)

オデッサの街はキエフと違い高い建物がないのできわめてヒューマンな印象を受けます。

きょう久しぶりに晴れました。
今週から二つあるキャンティーンのうち遠い方へ食べに行っています。
早足で往復30分、ちょうど良い散歩コースです。
雪が降り出したら歩けないので、今のうちここは空港敷地内で一般人の立ち入りは制限されているのため大変のどかです。

きょうの写真はその散歩道です。
フェンスの向こうにロシア製の古い飛行機が捨ててありました。

2009年10月15日木曜日

今週の美女ウオッチング

こちらは既に寒いです。
それに毎日天気が悪い
10月に入って最低気温0度の日が3回もありました。
いつから暖房が入るか、そればかり首を長くして、いいえ身体をまるめて待っています。

今週の美女ウオッチングは将来の美女候補生です。

2009年10月14日水曜日

紅葉は終わり

キエフの短い紅葉は終わってしまいました。

通勤の車から真赤に染まった蔓のような植物やまっ黄色に染まった楓科の樹など見えていたので、日曜日に写真を撮りに自転車で行こうと思っていましたが、あいにく朝から冷たい雨が降り、そのあと昨日も今日も天気が悪いです。
きょう昼飯のときに周りの樹を見ると、黄色く色づいていた葉は、あらかた散ってしまいました。

写真は先週の土曜日、現場で撮ったものです。
もう一枚は鉄筋のカゴで遊ぶ雀

2009年10月11日日曜日

肖像画

きょうは午後からタマーラとカーチャが来て、タマーラが私の肖像を画いてくれた。

1時からはじめて、途中食事やお茶を飲んだりして夕方6時までかかった。
じーっと動かないでいるのも疲れる。

来週から寒くなるようで、雪が降るかも知れない。
明日天気が良ければ紅葉を求めて近くの森へツーリングするつもりです。

2009年10月7日水曜日

キエフの秋

強い台風18号が接近しているようです。
くれぐれもご注意ください。
ウクライナは寒いことを除けば、いたって天災の少ない国です。
それでも数ヵ月前、突風で木や電柱が倒れる被害がありました。
台風に比べれば子供だましみたいなものですが

ウクライナとロシアの関係は他の旧ソ連圏とはかなり違います。
・民族的にかなり近い
・ロシアのルーツはキエフにあり。
ロシア人にとってキエフはイエルサレムみたいなもの
・ウクライナはロシアと手を組んで一緒に戦ってきた歴史もあります。
・ウクライナには20%弱のロシア人が住んでいるし、ロシア人の血を引いた人はさらにいるでしょう。

これらのことから複雑過ぎて理解不可能です。
ソ連崩壊と同時にウクライナは独立した訳ですが、これで人々が幸せになったかと云えばニエットです。
貧富の差は広がり、多くの貧困層を生む結果となった。
並ばなくても物が買えるようになったという話しも聞きますが、ソ連時代の方が良かったという声も多く耳にします。
一人一人その辺の受け止め方は違うようです。

来年1月に大統領選挙があります。
現職大統領とユーリヤ・シモチェンコとヤヌコヴィッチが立候補を表明していますが、いろいろな人に聞くと、現時点ではヤヌコヴィッチが優勢なようです。
ヤヌコヴィッチは親ロシア派ですから、現在のぎくしゃくした対露関係は多少改善される可能性はありますが、国全体の流れとしてはEUに向いています。

キエフ周辺では日本のような綺麗な紅葉は見られません。
多くは枯れて散るだけです。
それでも多少葉が黄色く色づくものもあります。

朝晩の気温は東京の真冬並みです。
きょうの写真はそんなキエフの秋の風景です。

2009年10月3日土曜日

ウクライナのオジぃサン

> > ヘルメット姿の写真、建築現場のようですが何を建てるのでしょうか。

首都の国際空港のプロジェクトにかかわっておりますが、老体にいくら鞭打っても力仕事は出来ないので、建築設計の仕事を担当しています。

> > 「ウクライナ」から連想する言葉。
> > 穀倉地帯と黒土地帯と言う言葉です。負の言葉としては「チェルノブイリ」が筆頭です。

ウクライナの歴史をひも解くと、侵略と殺戮の繰り返しで、いつの時代も周辺国から侵略され尽くしています。
その落とし子がウクライナの美女につながるので、手放しで喜べることではないのです。

> > 「戦艦ポチョムキン」の、乳母車が階段から転がる場面はオデッサだったように思います。
> > オデッサもウクライナ!

この映画、もし見ていない方が居られましたら、是非観て欲しいと思います。
無声映画の時代にこのカメラワークは本当に凄い。この事件が契機になってロシア革命に発展するのですから。

アンタッチャブルの階段のシーンはこの映画の乳母車のシーンのリメイクです。
この階段は今も健在です。添付写真は この階段で撮った我が愛車です。

> > インフレで買えそうにない車、でも免許を取る。60年代後半の私と同じような気がします。
> > 今の日本と違ってウクライナの若い人たちには、未来は全て薔薇色なのかと思います。

ここの若者は本当に勤勉かつ希望に燃えています。
将来はきっと薔薇色でしょう、そう願わずにはいられない。

2009年10月2日金曜日

ウクライナのパパ?

トルコのケメルでは周りの人々にパパと呼ばれていました。
ジジでなくてよかった!

海の色は信じられないくらいきれいでしたね、 海の中から光を発しているような感じがしました。 

参加ユーザー

Powered by Blogger.